日本では、第二次世界大戦後育児院や孤児院が相次いで建設され、1947年には全国360カ所にまで急増しました。この年、児童福祉法が制定され、これにもとづき、児童相談所が全国各地に設置され、乳児院や児童養護施設やに児童を収容する仕組みが完成しました。1960年前後にピークを迎え施設数は約550カ所、入所児童の数は35,000人ほどでした。戦後は、戦災孤児とともに、米軍兵士と日本人女性の間に生まれた混血児の救済が必要でした兵士は兵役から本国に戻り、母親と子供が残され貧困の中での生活に追われたり、子供の捨て子になりました。多くの子供たちは、いじめにあいました。このとき、父の本国であうアメリカとの間で、養子縁組が多数行われたといいます。

現在も約30.000人ですので、現在と大きく数は異なりません。1990年代半ばまで減少傾向にありましたが、虐待児童が増えたことにより増加したとされます。2015年の厚生労働省の調査では、児童養護施設で 4年以上暮らしている子どもは 全体の 5割、8年以上暮らす子も2割以上いました。9年以上施設で暮らす子の半数は、乳児院からそのまま施設に移行した子どもたちだったという調査もあります。生まれてすぐ、乳幼児で手放された子供が、家庭に戻ったり、養子縁組で新たな家庭に迎え入れられるということが、いかに難しいかということがいえます。